« バブルと洗濯機 | トップページ | 物持ちがよい »

2007年9月30日 (日曜日)

能登大震災(平成19年能登半島地震)

       
2007年3月25日(日)9時40分頃、石川県輪島市近くを震源とする大きな地震が発生した。
      
僕は輪島市門前町の出身で、地震発生時の揺れの大きさにびっくりしてあわててテレビをつけたら、なんと震源は両親の住む実家のすぐそば。すぐに電話をしたら『家は倒れていない』『しかし家の中はめちゃくちゃ』とのこと。この地震発生直後にこの地域への電話が通じたのは奇跡で、その後2日くらいは電話は繋がらなくなった。めったに実家に帰らない僕もその後2回帰省することとなったが、家屋が倒壊を免れ、屋根や壁の損害程度ですんだのは、大きな被害があちこちで発生した中で、不幸中の幸いではあった。
       
被害状況   (この記事作成時)
 震   源   北緯37度13.2分 東経136度41.1分 深さ 約11km
 規   模   マグニチュード6.9
 最大震度   震度6強
死者数 重傷者 軽症者 家屋全壊 家屋半壊 一部損壊
 輪島市全体  46 69 503 1、057 9、984
 石川県全体  81 257 649 1、655 24、959
        
下の6枚の画像は、友人(同じ門前町出身)のホームページからのものである。
      
      
僕の実家のすぐ近くのお店「インテリア・はしもと」もこうなってしまった。
     
       
        
輪島市の中でも門前町地区は特に被害が大きく、その中でも「道下地区」は震源に近いことはもとより地盤の関係もあるのか、被害が大きかった。
輪島市での被害住宅数は1万件を超えているが、門前町の住宅数を考えると、「無傷の住宅は10%も無いのではないか」という人もいる。2回目の帰省のとき、穴水町に近いところに位置し震源からは少し離れている友人宅へ行ってみたが、外見はなんともないように見えたが、家の中に入るとあちこちに「ひび」がはいっていた。
それでも、僕の実家のように「住める」ならいい。知ってのとおり、今現在も「仮設住宅」に多くの人が暮らしているが、経済的理由により住宅再建のめどが立たない人もかなりいると聞いている。この地域で地震保険に入っていたのは想像だが皆無に近いだろう。また、石川県内どころか全国的に見ても屈指の高齢者比率の高い地域である。200万円や300万円で家は建たない。県や市の財政的援助を切に望む。
        
話は変わって、東京電力株式会社柏崎刈羽原子力発電所のおはなし。能登での地震の記憶も覚めやらぬ2007年7月16日、新潟県柏崎市を中心に大きな地震被害が発生してしまいました。住民の方々の被害の大きさもさることながら、「安全性」が重視されるべき原発で「こんなに大きな地震は想定していなかった」だの、現場職員が消火器の使い方さえ知らなかったなど、何をか言わん。問題が発生するたびの「これを教訓に今後は~」という関係者の発言も聞き飽きた。
        
       
       

|

« バブルと洗濯機 | トップページ | 物持ちがよい »

経済・政治・国際」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/484088/22128839

この記事へのトラックバック一覧です: 能登大震災(平成19年能登半島地震):

« バブルと洗濯機 | トップページ | 物持ちがよい »