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2008年2月12日 (火曜日)

大横綱 玉の海


僕はわりと最近まで大相撲のファンだった。一番熱烈なファンだったのは、「大関貴ノ花」。人気は「異常」と言っても良かっただろう。連日の「満員御礼」を作り出し、相撲協会の最大の収入源でもあった。「両国国技館は貴ノ花が建てた」とも言われている。初優勝の場所は、特に場所の後半は、高校から帰宅したあと、彼の取り組みをひたすらテレビの前で待ち続けた。恥ずかしながら、初優勝の瞬間、嬉し泣きしたことを覚えている。そして、多くの日本人の例に漏れず、息子の「横綱貴乃花」のファンでもあった。父親からファンだった人は、「父親の成し得なかったことを息子に託す」想いで応援していたはずだ。

この二人に共通しているのは「ガチンコ」であったこと。「横綱貴乃花」については、同部屋決戦となった、おとうと弟子の「貴ノ浪」、実の兄の「若乃花」との合計3回の優勝決定戦での「疑惑の敗北」はあるが、「自分が勝つための八百長」は皆無だったと言われている。大記録の持ち主ではあるが八百長まみれだったと噂の「横綱千代の富士」のファンには、僕はなれなかった。

さて、今の「横綱朝青龍」は、最終的な通算記録では、「横綱貴乃花」をすべての面で抜き去ることになるのだろうが、最近のニュースの影響もあり、大横綱と呼ぶにはいささか違和感を感じる。世間一般では、大鵬、北の湖、千代の富士、貴乃花の4横綱が「大横綱」と呼ばれているが、僕は、「八百長疑惑」「暴行疑惑」により千代の富士は外し、代わりに「玉の海」の名を挙げたい。本当は「大横綱」になるはずだった、悲運の名横綱である。

「横綱玉の海」は、盲腸手術後の心臓動脈血栓のため、横綱在位中、それも全盛期に亡くなるのだが、横綱在位10場所で、130勝20敗。勝率は実に0.867。金星配給はたったの3個。亡くなる直前の勝ち星は、14、14、14、14、13、15、12勝。はっきり言って化け物だった。朝青龍が年間最多勝の記録を更新したとき「84勝6敗」だったが、それに近い強さだ。いや、他に実力ある力士がいたという点では、朝青龍を超えていると言ってもいいと思う。 正直に言うと、当時の僕は彼のライバルであった「横綱北の富士」のほうが好きだったのだが、彼のあまりの強さに「勝てない」とあきらめていた。他の横綱・大関には勝ったことのある「貴ノ花(大関になる前)」も彼にはただの一度も勝てなかった。右四つに組んでしまうと、相手は本当にどうすることもできなかった。今でも「右四つ」という言葉を聞くだけで「玉の海」のことを思い出すほどだ。

「彼が死ななかったら」と仮定の話をしても意味が無い。まだ26歳という若さで18回目の優勝を決め、大鵬・千代の富士の優勝回数を超えることが「既定のこと」であったはずの貴乃花のその後の事例もある。しかし、あの「玉の海」がどんな記録を打ち立てたかを知りたいと思う人は僕以外にも多いはずだ。

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