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2008年4月 2日 (水曜日)

素足の親指

僕がまだ若かった、ある冬の日。

ある部屋に、僕とその女性がいた。二人きりだが、別に恋人同士ではなかった。そして女性は泣いていた。だが、女性が泣くといっても、恋愛問題で苦しんでいたわけではない。両親や友人に不幸があったというわけでもない。泣いている理由はわかるのだが、これを説明するのは難しい。僕が悪いわけでもない。僕以外の特定の誰かが悪いというのでもない。強いて言えば、僕を含めた彼女の周りの人間全てに少しづつ責任があったのかもしれない。

僕は彼女を慰めるすべを知らなかった。そしてなかなか泣き止まない彼女を見ているのがつらくなって、うつむくと、そこに彼女の右足があった。炬燵があるのに僕も彼女も入ってはいなかった。そのうえ彼女は素足だった。真冬なのだ。ストーブは無いからその足がいかにも寒そうだ。どちらかと言えばふくよかなほうに属する体型を持つ彼女の足の指が少し丸まっているように見えて可愛かった。

その指を見つめていると、どうしようもなく彼女がいとおしくなってきた。寒そうに震えている彼女の右足の親指に「もう君を泣かせるようなことはさせない」と言いたくてどうしようもなくなった。そして強く抱きしめたいと思った。

この女性とは1年以上前からの知り合いだったが、今まで意識したことは無かった。だから、この日、まったく突然に恋をした。僕は一目惚れというものをしたことが無い。男である以上、女性の顔やスタイルを「美人だ」「可愛い」と思うことはあるが、その意識が「好きだ」という感情に変わることもあまり無い。女性に恋をするのは、「気づいたら好きになっていた」というものばかりだ。だから、ある女性を突然好きになった日として、この日のことは強烈に覚えている。

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