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2008年5月 5日 (月曜日)

最後までは逃げない人

 

金沢に住み始めて2ヶ月くらい経った頃のこと。僕は、「足」として自転車もバイクも車も持っていなかったので、移動はすべて徒歩かバスだった。だから、当時住んでいた「幸町」近辺以外では、多少わかるのは大学(当時は金沢城址にあった)近辺、「香林坊」、「片町」くらいで、あとは高校の同級生だった友人の住んでいるところ以外はほとんどわからなかった。そして、僕はまれにみる方向音痴だった。この方向音痴は今も変わっていない。

大学祭の実行委員というものになり、夜遅くまで大学構内に残っていた日のこと。金沢駅に行かなければならなくなった。何の用事だったかは忘れた。深夜の2時前後だったと思う。僕は駅へは片町・香林坊から歩いていったことはあった。だから、方向はわかるはずだった。そして、「文サ連長屋」を出て、理学部校舎の前を通り、上の地図の「出発点」辺りから学外に出た。

ところが、恥ずかしながら、大通りに出るまでの道を歩いていて、わからなくなってしまった。その時間は車も人もほとんど通っていない。仕方なく歩いていたら、50mくらい先に歩いている人を発見した。道を聞こうと思った僕は、その人へ向けて走り始めた。その足音で僕に気づいたその人のとった行動は …… 「ひゃぁ!」とか何とか言いながら、僕から逃げるために全速力で走りだすことだった。

僕の服装は、立て看板を作って��たこともあり、たしか汚らしい白のトレーナーの上下だったと思う。当時の金沢市には、交差点の横断地下道に住んでいたりする者もいたりするほど、浮浪者は多かった。そして、たしかに僕の見た目は十分間違えられる身なりだった。深夜、無言で自分のほうへ走ってくるそんな人間がいたら、僕も逃げ出したかもしれない。あわてた僕は、「すいませ~ん、違うんです~、金沢駅へはどう行けばいいんですかぁ~」と、大声で尋ねた。

その人は止まってくれた。そして「なんだ、金沢駅ですか」とか言いながら、親切に教えてくれた。それは有り難かったのだが、実は僕がそのとき思っていたことは、親切に対する感謝の気持ちもあったが、それよりも「この人は、これで良いんだろうか」ということだった。というのは、一般に犯罪者��「僕は強盗です」「泥棒です」「変質者です」「殺人鬼です」と言いながら近づいたりはしないだろう。何食わぬ顔で近づき、相手の隙を見て襲いかかるはずだ。だから、僕の言葉を素直に信じて逃げるのをやめたこのひとは、僕が刃物を持って財布を盗むために近づいたとしたら、危ないのではないかと思ったのだ。方向音痴の僕だから尋ねたが、普通、あれだけ金沢駅に近いところで、荷物もバッグも持っていないで、汚らしい格好で、深夜の2時過ぎ、駅への道を訪ねる人間というのは、それだけで十分「不審者」のはずだったが ……
       

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