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2008年7月11日 (金曜日)

誰かがいる

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学生時代、夜、住んでいた下宿屋でテレビを見ていたら、玄関から急いだ感じの足音が聞こえてきた。そして安普請でよく響く廊下をドンドンという足音が近づいてくる。「●●さん、いる?」。 ドアを開ける前からやや荒い息づかいだった彼女は、その当時、冗談でお互いを「婚約者」だと言い合っていた年上の看護婦だった。僕がドアを開けるないなや、しがみついてきた。そして僕の胸に顔をうずめながら、「お願い、助けて。恐いの」と言う。 このいきなりのドラマのような展開に、正直言って、僕はいつもの彼女の冗談だと思った。20代半ばでそれなりに恋愛を体験してきた彼女にとって、田舎出身の超オクテの僕は、からかうには面白い相手らしかったから。だから、僕も彼女を抱きしめながら「どうしたんだい?」と、さもドラマのせりふらしい口調で尋ねた。

しかし、その夜は事情が違っていた。彼女の話を要約すると、彼女が仕事からアパートに帰ってきて、車を駐車場に停める為に徐行していたら、アパートの階段の暗がりに動く人影があったのだという。そしてその人影は潜んだまま移動しない。アパートの住人ではないらしい。部屋に入るにはその階段から2階に上がるのだが、その男が恐くて、入れないのだという。で、「一緒に来て」と言う。喧嘩なんかしたことがなく、運動神経ゼロの僕は、格闘の自信なんかまったくない。しかし、女性にまじめに「助けて」と言われて断るのは男じゃない。どんな相手かわからないから「何か武器はないだろうか」と考えて準備したのは馬鹿なことに「ハサミ」。まあ、無いよりはましだろう。

彼女のアパートに着いた。「いそうか?」と聞くと「わからない」と言いながらあたりの様子を窺がっていたが、「……いないみたい」と言う。そして、そのまま部屋に入るには、僕の歩いて帰る距離が半端じゃない。僕は当時、車の免許すら持っていなかった。それでも「いないうちに部屋に入ったほうがいいよ。僕は歩いて帰るから」とかっこつけた僕だが、彼女は僕をアパートに送り届け、また一人でアパートに戻っていった。

……ところが、それから1時間も経たないうちに、また同じような足音が下宿屋に響いた。再度部屋に入ってきた彼女は「駄目。やっぱり一人だと恐くて車から降りられない」と言う。人影が見えなくても、「いるかもしれない」と思うと恐怖が先にたつらしい。彼女がこんな「かよわい女性」だとは思っていなかった。女性らしい優しさは十分持ち合わせてはいたが、どちらかというと、痴漢に出会ったら「何すんだ!コノヤロー!」と殴りかかるようなイメージがあった。よく、「いつもはつっけんどんなのに、ふと見せる寂しげな表情のギャップが良い」なんていうが、こういう「いつもと違う面」を見せられると、そこに魅かれていくというのは事実だ。

ただ、あとで思ったことは、「暗がりに誰かがいる」という話は本当だったのかということだ。知り合って半年以上が経ちながら、それまで何もしようとしない僕という男には、彼女のほうから「きっかけ」を作ってやらなくちゃと思ったうえでの芝居ではなかったかと思える気もする。そんなこともやりかねない一面が彼女にはあった。しかし、それが本当のことかあるいは芝居なのかはどうでもいいことだった。だから、彼女にあとで問いただすということも僕はしなかった。

      

      

      

      

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