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2008年11月

2008年11月22日 (土曜日)

「チェック時映りました」

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パソコンのCRT。

故障で下半分が全く使えなかったが、朝、珍しく使える。それでこのブログの記事を一つ書き、Yahoo囲碁を打っていたら完全にお陀仏。最後のあがきだったわけか。

全く見えないのはさすがにどうにもならない。財政事情から2カ月後くらいに買うつもりだったが、どうしよう。スーパーに買い物に車で出発した際に「Hard Off」に寄ってみた。

さほど大きくない店なので、モニタ関係は「液晶」なら中古はあるが、CRTはジャンク品ばかり。価格も100円、500円、1000円とある。電源コードがあるのは1000円の物だけ。説明書には「チェック時映りました」と書いてある。なんとも微妙な表現だ。しかし、「1000円なら仮に映らなくても勉強代だ」と買ってきた。

さて、接続。全く映らない。多少の覚悟はあったが、「やっぱり駄目か」と落胆。しかし、ものは試しとあちこち叩いてみたら電源は入った。しかし、上の①の画面の色。元の画像はわからないだろうが、青い海と青い空をバックに青い水着を着た女の子なのだ。CRTの下の調整ボタンは壊れている。それでも、囲碁は打てる。ネットもメールも文字は読める。2ケ月これで我慢しようと思っていたら、また画面が落ちた。あちこちたたいて復旧したら、色が変わっている。「元通り」ではなく今度は下の②の色。

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かなり緑っぽいが、最初に比べれば自然だ。これなら我慢できる範囲だ。良かった良かったと洗濯をしてパソコンに戻ると、またまた画面が落ちている。再度叩いて復旧。

さて、2ケ月もつのだろうか?

      

        

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認識に1年半②

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さて、同僚の女性が退職してからしばらくして、僕の職場はお歳暮の繁忙期を迎えようとしていた。取り組み内容はお中元も同じなので、年に2回、この仕事がある。ちなみに、この業務は取引先との「つきあい」と言うべきもので、実はほとんど儲からない。また、その僕の会社の特殊性というべきか、僕以外はほとんど、その仕事のどの部分にどのくらいの時間がかかるのかがわからない。だから取引先への「請求書」も1桁違うものを事務員も所長も平気で作る。僕が所長に「請求書は必ず出す前に僕に見せてください」と言うのに、会社の組織上自分よりはるかに下の僕の「チェック」というものを受けることにプライドが許さないのか、所長が自分でやってしまう。そして、大赤字になりそうなのを取引先から「本当にその額でいいんですか?」と指摘されるという、訳のわからない会社でもあった。

繁忙期には短期パートを募集する。想定される仕事量等の計画原案は僕が作る。これが「赤字にはならない」が、「あまり儲かってはいけない」というのだから難しい。だから「ギリギリ」だ。そして、今回、僕の原案通りにパート8名を採用した頃に、取引先は新たな仕事を追加してきた。8名ではこなせない。ここで、この記事のテーマである僕の入社して間もない上司が登場する。

僕は増員を主張した。しかし、彼は所長に「大丈夫です。私が責任を持ってやり遂げます」と宣言した。そして僕に対し「君も少しは会社の利益を考えろ」と言う。彼のいない過去数度の繁忙期を経験している僕の「実際の経験」よりも、彼の「別の会社での経歴」しか考えない会社は、「やっぱり良い人が入社してくれた」と喜び、「今回の責任者は君だ」と彼にすべて任せてしまった。

彼が「何もしない」ことは僕にはわかっていたつもりだった。しかし、「私が責任を持ってやり遂げます」と言う以上、少しはタッチするのかと思ったら、やはりそれは甘かった。「勤務中」はひたすら事務所でコーヒーを飲みながら「自分のすごい過去」を自慢げに話して時間を過ごし、大会社のOLのように17時の定時に帰っていく。現場に関わるのは、小さなミスを報告した際に「叱る」ときだけだ。そして、僕はその繁忙期の約2ケ月、休日はゼロ。残業は多いときには「午前様」になる。そして彼は週休2日を守り抜いた。

大会社ならそんなこともあるだろう。しかし、地方の中小零細企業では、特にサービス業では、繁忙期では、課長クラスも部長クラスも動き回るのが普通である。そうでなければやっていけない。彼はそのことがわからなかった。おまけにその「業務」のやり方自体がわからないのだから、パートが不足かどうかもわからない。すべて僕に「丸投げ」である。

やっとの思いで、その仕事をやり遂げた。想像したとおり、会社から評価されたのは彼である。「君の言うとおり、増員しなくてもできたね」だった。そして、僕には、「その残業代は多すぎる。もっと効率化しろ」というお叱りだけが待っていた。

        

          

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2008年11月18日 (火曜日)

胸の筋肉痛(贅肉痛)

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僕の眠るときの姿勢は「横向き」と「うつ伏せ」の中間とも言うべき姿勢が多い。小さい頃から「仰向け」には何故かならない。これには鼻が悪いことも関係しているような気がする。上を向くと息苦しいのだ。そして、この姿勢で腕を不自然にクロスさせたり曲げたりする。これは若い頃から悩まされている肩こりに原因があるような気がする。

…… そのため、朝起きるとかなり胸が痛いことが多い。肺の病気でも心臓の病気でもない。体重が80kgもあると「胸」が貧乳の女性並みにあるため、そこを腕で挟むことでの痛みだ。

巨乳の女性は痛くはならないのか?

      

         

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2008年11月16日 (日曜日)

採れたて野菜

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9月の終わり頃に野菜を作っている友人がおすそ分けしてくれた記事を書いたが、本日、またまた持ってきてくれた。本日収穫したものだ。ネギがでかい!

仕事のある日も夜は自炊なので、これはありがたいが、「時間がない」ということで、3分の立ち話で帰っていった。ちなみに、彼の家からここまで30分はかかる。ありがたいが、久しぶりなのだから、少しは話もしたかった。

      

       

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認識に1年半①

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その人物がどういう人物かということを、会社がちゃんと認識するのに1年半かかった者がいた。その人のお話。

ある日、僕の職場に、僕の上司となる40歳台の人物が入社してきた。その会社は、会社内で人を育てるというより、どこかの会社でそれなりの役職についていた者を、「有能な者」として迎えるという風潮があった。そしてその人物も、別の大きな会社で課長をしていたという者だった。

さて、彼が入って3週間も経った頃だった。彼が僕に「1万円貸してくれ」と言ってきた。うわさに聞く彼の給与は僕よりはるかに高いはずだが、まだその給料は支給されていない。だから、生活が苦しいのだという。ちなみに彼は、この会社に入るために初めて金沢に来たこともあり、会社が敷金・礼金を払ったアパートで、会社が買ったテレビ、冷蔵庫、洗濯機等に囲まれて生活していた。前の経歴がどんなに立派か知らないが、お金に関してはホームレス一歩手前だったらしい。僕はこの時点で、すでに彼という人物に疑問を感じ始めていた。

さて、その職場に、バツイチの女性社員がいた。年齢は28歳くらいだったろうか。美人でスタイルも良い。一緒に仕事をしている僕も、彼女と一緒に仕事をできることが嬉しかったのだが、彼女に現在恋人がいることを聞いていた僕は、特に誘いはしなかった。そんな彼女に彼がちょっかいを出し始めた。以下の話は、彼女が退職していく時に「○○さんには、本当のことを知っておいてほしい」と僕に話してくれた話だ。

彼が入社して1週間目くらいのとき、彼が彼女に「お近づきに、一緒に飲みに行こう」と誘ってきたらしい。彼女は、どうせ飲みに行くのなら、みんなで飲みに行きましょうよと答えたが、「いや、一人ひとりとじっくり話したいので、個別に誘いたいんだ」とのこと。それで彼女は断った。しかし、彼はしつこかった。日をおいてまた誘ってくる。彼は、一見紳士的だったので、何回も誘われると、「あまりにいつも断るのも、同僚としてまずいかな」と思った彼女は、その誘いに応じることにした。そして、彼が入社して1ヶ月目くらいの頃に、彼の行きつけの飲み屋に二人で入った。1ヶ月目といえば、僕にさらにもう1万円借りた頃だ。部下に借金をしながら、彼には行きつけの店がすでに金沢にできていた。

彼女はお酒が強かった。それは一緒に飲んだことのある僕も知っている。ところが、店に入って1時間もした頃、全く突然に、しかも強烈な「酔い」を感じたのだという。しかも、普通の酔いなら歩けるはずだが、体がほとんど自由に動かせないくらいのものだったという。まったくの突然にだ。彼女は、「これはおかしい」と思った。僕には本当のところはわからないが、彼女は「何か薬品をお酒に入れられた」と思ったらしい。そんな安物のテレビドラマで使うような手段を実際にやる者がいるのかどうかはわからない。しかし、身の危険を感じた彼女は必死でトイレに入り、そこで恋人に携帯電話で連絡をとり、来てもらったらしい。幸い、恋人の住むところからは、そんなに遠くはなかった。ただ、「薬物を入れたかどうか」という話になると、鑑定には警察を呼ぶ必要がある。会社の上司にそれもまずいだろうと、彼女は、その場は穏便に済ませた。

さて、そんな「事件」があったことなど知らない僕だが、この頃から、彼から彼女の「勤務態度」についていろいろ聞かされ始めた。彼は僕の上司だが、僕はその職場では№2に位置したので、残りの者への指導や監督は僕の責任でもあった。そんな僕に、彼は「△△さんが、こういうことをやった」と悪口を言い始めたのだ。彼女がその会社でも真面目さでは一二を争う人だということを知っている僕は、「本当かな」と思いながらも、その悪口の背景を知らないから、彼女には注意を向けるようになった。しかし、彼女は相変わらず一生懸命に仕事をやっている。だが、ある日、彼女が小さなミスを犯してしまった。

そのミスは、詳しく書くと「会社」が明らかになるので書かないが、誰でもするようなミスだ。5分も叱れば十分だ。ところが彼は「厳罰」を下そうとした。なんと「正社員」で給与25万円くらいの彼女に「パートに格下げする。嫌なら辞めろ」と言い出したのだ。パートの時給は780円。23日勤務で約15万円だ。断じてそんなレベルのミスではない。

僕は怒った。何を考えているんだ。それよりはるかに大きなミスをしながら叱られもしない者はいっぱいいる。彼の「個人的な逆恨み」など知らないから、理由がわからない。そして、残念なのは、「別の会社での経歴」しか見ない社長が、彼を信じて彼に任せていることだ。常務も同じ。専務はいない。その「後ろ盾」をバックに、彼は自分の悪事を知っている彼女を会社から追い出そうとしたのだ。

恥ずかしながら、僕は「反対」に徹し切れなかった。僕も40歳を超えていた。次の仕事のアテはない。強硬な反対は、僕の立場も危うくする。そして、退職が決まった彼女と二人で飲みに行き、僕は上記の「事実」を知った。テレビドラマのような話で、彼女の話を100%信じたわけでもないが、彼が入って数ヶ月が経ち、「部下の活躍は自分の指導の賜物で、部下の失敗は自分には関係ない」という態度に徹する彼の本質がすでにわかっていた僕には、100%ではないが、99%、この話は本当だと思う。そして、この彼女の話で、僕の彼に対する意識は決定的になった。このことが、その後の僕自身の半年後の退職につながっていく。

      

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2008年11月15日 (土曜日)

そんな薬があるのなら②

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11月4日の「そんな薬があるのなら」という記事で書いた薬だが、やはりどうしても常備薬として欲しい。それで、近くの医院に行き、今までの経過を説明し、現在、症状は無いがもらえないかとお願いし、手に入れることができた。もらったのは、胃潰瘍の薬2週間分に、この胃の蠕動を抑える薬20粒で、初診料を入れ約2000円。1回2粒として10回分になる。これで病院に行かずにあの胃痛が治まるなら、今までの注射等に比べはるかに安い。しかし、気になるのは、医者が「本当にこれで直るの?」と尋ねてきたこと。やはり注射に比べてかなり効果が薄いのかな? こればかりは、まだ一度も飲んだことがないので、なってみないとわからない。

      

         

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「Yahoo 知恵袋」への回答のための記事

       
「Yahoo 知恵袋」にて、僕のブログの記事である「Pixiaの使い方(画像の合成)」の内容に関する上記のような質問を発見した。そんな「Pixiaそのもの」に関する質問ではなく、「Pixiaについて書いてある記事」に関する質問もあるのかと思いながら、せっかく見つけたので、回答することにした。
     
下のような2枚の画像を準備して ……
     
以下のように、レイヤーの新規貼り付けまで進みます。
      
      
次に「領域ーフリーベジエ曲線」で囲むと、下のように領域外の部分はグレーになります
       
      
これが、下のようにグレーにならないのは ……
       
      
下のように、マウスのドラッグで曲線を描く際に、「終点」をきっちりと「始点」に合わせていないからです。この状態では、フリーベジエ曲線を描いただけで、フリーベジエ曲線で範囲指定したことにはなっていません。ですから、この状態で領域を反転しても、そもそも領域が作られていないので、意味はありません。
      
     
きちんと「始点」と「終点」を合わせれば、ちゃんと次の段階に進めるはずです。
         
      
      

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2008年11月11日 (火曜日)

癌の告知

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8月以降、1泊の入院を2回別々の病院で経験したが、入院時のアンケートにて「癌が発見された場合に告知を希望しますか?」という設問がどちらの病院にもあった。胃カメラ検査のときもあったと思う。それで、そのことに関して少し書く。

僕は、すべて「希望する」と回答した。この思いは若い頃からある。けして強くない人間だということは自分でもわかっているから、告知は相当なショックだろうが、なぜ告知されたいかというと、「その後の生き方」を自分で決めたいからだ。今は、癌の種類にもよるだろうが、早期発見での生存率は高いのだろう。しかし、もし「あと○ヶ月」であった場合、高額の治療費と抑制剤の副作用に苦しみながら過ごすより、その期間がたとえ多少短くなっても「おだやかな生活」で最期を過ごしたいと思う。やりたいこともある。今は「定年退職後にしたい」と思っていることだが、そこまでの人生が無いのなら、死ぬまでにやっておきたいと思っていることだ。それが、告知されないばっかりにやらずに終わっては、おそらく医師を恨むことになるだろう。もちろん、家族の思いもあるだろうが、自分の人生の「期間」がある程度明らかならば、それを知る権利が本人にはあるはずだとは思う。

しかし、実際にはわからない。ショックの大きさというものは、やはり想像とは違うのだろう。自暴自棄になって誰かに迷惑をかけ、人生の終焉を自ら汚すことになる可能性もある。それでも、勝手な言い方をすれば、それもまた、僕の人生なんだろうとは思う。

     

     

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2008年11月10日 (月曜日)

お馬鹿な教育担当者

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30歳代の頃、10日ぐらいだけ勤務した会社がある。10日で辞めた理由はここでは関係ないが、そこで出会ったお馬鹿な先輩社員のお話。その先輩は僕より8歳くらい年下の女性だった。僕が入社したとき、僕の教育担当になったらしい。しかし、そういう立場に立つのが初めてだったらしいが、はっきり言ってアホだった。

僕の勤務初日、たしか乾電池が必要になったのだと記憶している。その人に、「すいません、乾電池はどこに置いてありますか?」と尋ねた。するとその人は、僕の顔を、さも軽蔑したように見ながら、「あなたね、何、言ってんの? 最初から人に頼ってどうすんの? 自分で考えなさい!」ときた。はっきり言ってあっけにとられた。自分で考えるもなにも、乾電池ばかりではなく、すべての備品がどこにあるかなんて教えてもらってないのだ。最低、一度は教えてから「考えろ」と言うべきだろう。そこは普通の事務所にしてははるかに広いスペースなのだ。捜しても良いが、それではあまりに時間がかかりすぎる。仕方なく、別の人に尋ねてその場は終わった。

小さいことのようだが、すべてがこの調子なのだ。何も教えず、ちょっとでも尋ねると、質問すること自体がいけないと叱ってくる。その会社の「社風」でもない。他の人はみんな親切に教えてくれる。極めつけは、ある上司の名前を「あの方はなんという方なんですか?」と尋ねたときにさえ、そんなもん、人に聞くもんじゃないわよ! 30歳も過ぎて、そんなこともわからないの!」と応えられたこと。「なんじゃ、この女は」と思いながらも我慢していたが、それでも少しは打ち解けようと、数日後の暑い日に、「今日は暑いですね」と短い雑談をしようとした。そしたら、「入ったばかりのくせに、暑いの寒いのと言ってんじゃないわよ!暑いと思うのは気持ちがたるんでいるせいよ!」とまたまた怒られてしまった。

辞めた理由は別にあったが、それが無かったとしても、この女性と長くは一緒に仕事はできなかったと思う。

      

        

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2008年11月 8日 (土曜日)

吃音症-どもり

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軽い「どもり」。僕が40年以上付き合っている病気だ。本当に小さい頃は、どもらなかった。そうなったきっかけは、どもっていた友人の真似をしていったこと。だから、どもる真似をしていると本当にどもるようになる」というのは本当だ。もし自分のお子さんがそんな真似をしていたらやめさせましょう。

さて、この「どもり」だが、立派な病気である。時々、どもっている人に「落ち着いてしゃべりなさい」とか「緊張しているの?」と言うやつがいるが、緊張していようがいまいが、どもるものはどもるのだ。たとえば僕は、親しい友人との普通のおしゃべりでも、公の場での衆目注視の中での発言でも、その度合いに変化は無い。落ち着いてゆっくりしゃべっても同じだ。だから、「ゆっくりしゃべれ」とわかったような口を利く者には腹が立つ。核ミサイルのボタンは、ポンと押してもじわっと押しても発射はされるのだ。

さて、そんな「どもり」だが、もちろん、個人によって違う。僕の場合は、黙っている状態から発する最初の単語が「ア行」「カ行」「マ行」で始まるときが言いにくい。だから、しゃべっているとき、相手が気付くことは少ないが、そんな単語で始まるときは、別の単語に瞬時に言い直していることが多い。たとえば何気ない会話で、「夕方の5時に待ってるよ」という言葉に「17時だね」と答えるのは、かっこつけてるわけじゃない。「5時だね」の「ご」が言いにくいので、言い易い「じ」で始まる「17時」と言い換えているのだ。また、サービス業に就いていたとき、10m先にいるお客様に少し大声で「お客様!」と呼びかけたいときにも、最初に「お」と言えないので、「すいませ~ん、そこのお客様!」となる。いきなりの「お客様」ではなく、「そこの」という言葉の流れでなら言えるからだ。他人が気付かないうちに、けっこう苦労しているんです。

前置きが長くなったが、そんな「どもり」のエピソード。

① 女性への電話

まず困るのが、「もしもし」だ。「マ行」ではないか。僕の若い頃には携帯電話なんか無いから、相手が一人住まいでない場合、その家族が電話口に出ることがかなりあった。父親が出たら、やっぱり最初は「もしもし」だ。それが、「m…、n…、も、m…、もしもし」となった日にゃあ、怒られるか笑われるかどちらかだ。なかなか声が出てこないために、「無言電話」だと思われて切られたことさえある。さらには「亜希子さんはいらっしゃいますか」は「ア行」ではないか。どもりそうなときに別の言葉に言い換えると書いたが、さすがに「幸子さんはいらっしゃいますか」と言い換えるわけにはいかない。本人につながるまでの関門が多すぎる。

② 選挙カー

若い頃、何度か選挙の「宣伝カー」に乗った。マイクを持つ人は女性というのが一般的だが、僕もけっこうしゃべった。ただ、ある程度自由にアドリブしても良い場合もあったが、「原稿どおりにお願いします」の場合には、言いづらいことが多くなる。街中を1周してから選挙事務所で「何をやっている!」と叱られたことがある。そして彼は「大事なことをしゃべるのにどもるのは、心から選挙に打ち込んでいないからだ。本当に当選させたいと思うなら、どもらないはずだ」と訳のわからない精神論で怒ってくる。そんな精神論は自民党的だとは思わないのか?

③ QC発表会

ある会社では毎年社内の15サークル前後による「社内QC大会」が行なわれたが、僕はリーダーとして会社にいた7年間すべて優勝した。そんな「その会社のQCの顔」として石川県大会での発表をすることになった。しかし、自分でシナリオを書いたのに、言いづらい単語が多く、最初の数分、かなり詰まってしまった。仕方ないので開き直って、しゃべり方を「丁寧語」から「しゃべり言葉」に変えて後半を流したが、ついてきた会社の部長は「最初、会場から逃げ出したくなった」らしい。

     

       

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2008年11月 4日 (火曜日)

そんな薬があるのなら

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本日午前0時過ぎ、再びの胃痛。眠りかけていたが、痛みで目が覚めた。痛みはだんだん強くなってくる。今までと同じだ。「今は会社に入ったばかりなのに」と思いながら、いつものように胃に物が詰まったのなら、それを吐けば良くならないかと、喉の奥を指で刺激するが、「ゲーっ」とはなるが、胃の中のものは出てくれない。痛みは強まるばかりで、ぐずぐずしていると、運転できる状況じゃなくなる。車をいつもの病院へと走らせる。思ったとおり、病院が近づく頃にはまともに運転できなくなったが、必死にたどり着いた。実は、この病院は10月11日~12日に同じ症状で入院した折に、退院時に医師と感情的なトラブルがあったので、本当は病院を変わろうかとも思ったのだが、今はそんなことは言っていられない。今までの5回の治療記録があるのと無いのでは、病院の対応も違うだろう。その医師が当直である可能性は医師数からして10%以下だろうと期待したら、別の医師だったので、とりあえず、その点についてはホッとした。

僕の症状は、基本的に「胃の蠕動を抑える」筋肉注射で急速に改善する。前回の入院時はなかなかおさまらなかったが、そのとき以外は、これで楽になるのだ。何回CT検査をやろうが同じことなので、今回も注射1本で楽にしてもらった。あの強烈な痛みが嘘のようだ。本日の仕事のために睡眠時間を確保したいので、午前2時半には病院を出た。

さて、今回、初めて「また同じような痛みが起こったときに飲みなさい」と、処方された1粒の薬がある。聞けば、筋肉注射と同様に、胃の蠕動を抑えるものだという。エーっ、そんな薬があるのか!筋肉注射のほうがたぶん効き目は上だろうが、それでも、そんな薬があるのなら、正直言って、痛みのたびに救急車やそれに近いことで病院に行かなくてもよいではないか。どうして、今までその薬を出してくれなかったんだろう。根本原因の治療ではなく、症状の改善だけだろうから、病院としてはあまり出さないのかもしれないが、「普通の量の食事」であれほどの激痛になる本当の理由は、結局今でもはっきりしてはいないのだから、「持病」として、常備薬で持っていれば良い。仕事も安心してできる。今までほとんど夜に病院に駆け込んでいるが、僕は昼に少なく夜に多くという食べ方はしていないので、いつ日中にあの痛みに襲われるかもしれないのだ。そんな薬があるのなら、ぜひ1粒といわず数個欲しいと言ったが駄目だった。きちんと消化器科にかかりなさいという。だから、消化器科で「胃潰瘍」とは言われたが、胃カメラでも、結局「胃から物が出ない」原因は「不明」のままだと言っているのに ……

       

        

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2008年11月 3日 (月曜日)

あわれ蚊

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さだまさしの歌に「晩鐘」がある。僕の好きな歌の一つだ。

しかし、今、足が痒い。昨夜の「あわれ蚊」のせいだ。はかないものでも、可憐なものでも、痒いものは痒い。

       

       

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2008年11月 2日 (日曜日)

タイムカード

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タイムカードの「押すタイミング」は職場によって違うだろう。僕の現在の職場は、会社に入ってすぐに打刻し、それから着替える。帰る際も、まず着替えて、会社を出る際に押す。しかしこんな「甘い」職場は少ないだろうと思う。通常は「着替えてから押し、押してから着替える」というやり方のはずだ。着替えの時間を労働時間にカウントはしない。

昔、ある職場で3ヶ月の短期のパートを募集した。面接で選考し、必要な5名を入れた。全員女性で、そのうち3名が「仕事をした経験が無い」という人達だったが、単純な仕事なので、誰でもできるからと気にしなかった。彼女たちの勤務時間は9時から16時に決めた。

僕は上司としては甘いほうだろうと思う。「サボろう」「怠けよう」という態度が見え見えの者には厳しく接するが、一生懸命やってくれる者にはけっこう甘い。全員真面目だったので、会社の規定には無い休憩時間を午前と午後に作り、インスタントコーヒーを飲めるようにした。その部門のパートの指導は任されていたので、会社も黙認した。そして帰る際も16時過ぎまできっちり働かせてから帰すのではなく、仕事の区切りを見ながら1~3分前に終わらせ、着替えてからタイムカードを押せばちょうど16時過ぎになるようにした。真面目な者には気分よく働いてもらいたい。

ところが、口頭でちゃんと「タイムカードは16時を過ぎてから押せ」と言ったのに、仕事をした経験の無い者が業務が終わるとすぐに押していたらしい。タイムカードとは単なる出勤か休日かだけの資料で、パートの時給の計算は、タイムカードの帰る時間が「15:58」でも「16:03」でもちゃんと16時まで働いたものとして計算されると思っていたのだ。普通の勤め人の感覚では信じられない話だが、本当にそう思っていたのだ。おまけに、パート同士の仲は悪くなかったはずだが、そのことを知っている16時過ぎに押している者が、そんなことをしている仲間に注意をしなかったのだ。僕がそのことに気付いたのは、彼女たちが働き始めて半月以上も経った頃だった。

さて弱った。給与は僕が払うのではない。会社の総務には性格が「ちょっと」の社長夫人がいる。タイムカードが16時前に押されていては、15時30分までの計算になる。約10日×0.5時間×800円も彼女たちの給与が減ってしまう。良かれと思って早めに仕事を切り上げたことが、逆に彼女たちに迷惑をかけることになる。それはなんとしても避けたい。

僕の上司に相談し、僕とその上司が厳しく叱られながらも、ことは「今回だけ16時として計算する」とはなったが、その上司にも迷惑をかけた。そして「パートを甘やかすな」と、以後、僕への監視(?)も厳しくなった。それでも、「コーヒータイム」は続けたが、世の中にタイムカードの打刻時間を考えないパートタイマーがいることを、このとき初めて知った。

今の職場で、タイムカードを押してから着替えているときに、このことを思い出した。

      

      

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2008年11月 1日 (土曜日)

栗の食べ方

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僕は栗は「生」で食べるのが一番好きだ。栗は生では食べられないと思っている人がいるが、信じられない。小さい頃は、栗拾いに近くの山によく出かけた。長靴を履いて出かけ、落ちている栗を見つけたら、その長靴を履いた足で「いが」を取り除く。そして渋皮を爪の甲を使って取り、その場で食べる。これが旨いのだ。あの微妙な味にコリコリとした食感がたまらない。渋皮取りにかなり時間がかかるので、家に持ち帰って包丁で取ることもあったが、上手に取れずに「もったいない」状態になりやすいので、基本は爪だった。今から思えば、あの栗は「公共のもの」なのか「他人の所有物」なのかという疑問が残るが、当時はそんな世知辛い世の中でもなかった。

しかし、最近最もよく口にするのは「天津甘栗」である。まあ、それも旨い。「栗ご飯」も美味しい。「甘露煮」も旨い。「マロングラッセ」も「モンブランケーキ」も好きだ。だけど、これらは今でも食べられる。もう10年以上、一番美味しい「生」で食べていないことが残念である。

      

      

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