2014年12月 2日 (火曜日)

実質賃金の低下

本日のNHKニュースより。

従業員が5人以上いる事業所を対象にした厚労省の調査によれば、10月の実質賃金が、前の年の同じ月と比べ2.8%減り、16か月連続で減少したらしい。

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これが、 『アベノミクス』 だ。

日本の景気が良くなったって言うけど、結局は財界・大企業の利益しか考えていないんだから、庶民の暮らしは苦しくなる一方だ。

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2008年12月18日 (木曜日)

身近なところの「派遣切り」

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僕は長い失業期間を経て就職してから、まだ2ケ月も経っていない。いわゆる「試用期間」である。そしてその給与も、とても人に言える額じゃない。だから、他人の心配をする余裕なんて、かけらも無い立場にいるが、僕のよく知っている人物が働いている会社でも、最近のニュースで毎日放送されているような「派遣切り」が近々行なわれようとしているらしい。

そこでは、従業員は約140名。そのうち派遣社員が約60名。その派遣のほとんどが切られようとしている。切られるほうはつらい。大都市でも大変だろうが、地方の石川県の求人状況は、悲惨である。この日本経済の大波が来る前から大変だったことは、失業期間中に何度も面接で断られ続けた僕が身にしみて知っているから、再就職が容易ではないことは目に見えている。そしてまた、会社全体の作業量は、減ることは減るのだが、実はそんなに変わらないらしいから、「残る者」の負担もかなり増える。これも半端ではないらしい。

友人は「残る者」のほうである。切られる者に比べれば贅沢だといわれても仕方がないが、彼もまた、仕事量の増加で今からかなり大変らしい。

この問題で演説をぶってもどうにもなるものではない。しかし、ニュースで流れる「大会社の首切り」も深刻だが、地方の中小企業のほうはもっと深刻である。首を切られる方の立場は全く同じだけれど。

      

      

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2008年10月19日 (日曜日)

当選確実を急ぐ理由

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任期満了に伴う新潟県知事選、富山県知事選は、いずれも本日投開票され、新潟県知事選では現職の泉田裕彦氏(46)が山崎栄三氏(65)破り再選確実、富山県知事選も現職の石井隆一氏(62)が米谷寛治氏(61)を破り、同じく再選確実となったらしいことが21時前のニュースで流されていた。

選挙前や選挙戦での世論調査等で「現職の圧倒的有利」は間違いないのだろう。しかし、その開票結果は、富山県では0.4%で1029票対172票、新潟県にいたってはわずか0.1%で273票対8票というものだった。選挙をやる前から結果はわかっていると言ってしまえばみもふたもないが、新潟県のような大票田で、わずか273票で当選確実というのはあんまりではないだろうか。それこそ「開票なんて必要ない」と言っているようなものだ。マスコミは、特にこの10年ほどの選挙速報では「いかに速く当確を出すか」ということに躍起になっているような気がする。それも「有権者のため」というより「他局よりも速く」という観点でだ。

「速く出さないと祝杯の酒がいつまでも飲めないじゃないか」というクレームが選挙事務所からでもあるんだろうかと疑ってしまう。

      

        

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2008年9月28日 (日曜日)

「日本の教育のガンは日教組だ」

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記事のタイトルに共感して訪れた方がいたら、ゴメンナサイ。 タイトル通りのことを書くつもりはありません。

9月27日、「日教組が強いところは学力が低い」の発言について「撤回はしない。わたしは日本の教育のガンは日教組だと思っている。ぶっ壊すために火の玉になる」と強調した(当時の)中山成彬国土交通相。本日、辞任したが、日教組に関する発言について「撤回しない」のは変わらないらしい。日本では一応「思想・信条の自由」はあるので考え方は自由だし、「言論の自由」もあるらしいからそれを発言するのも良い。僕は、中山氏の発言は、ある意味では素晴らしい発言だと思う。「閣僚として問題」と野党(自民党も)は言うが、そもそも「閣僚になったら言動に気をつける」というのはおかしくないか? 

政治家は自分の考えを実現するために議員になるものだろう。だったら、自分の考えを正直に公約に掲げて選挙に臨むべきだ。議員に当選したなら、いっそう自分の政治ポリシーをちゃんと発言して明らかにするべきだ。閣僚になったらなおさら真の「考え」を国民にきちんと明らかにするべきなのだ。国民の暮らしなんか考えもしないのに、親が議員だったからなどの理由で立候補し、一部の者の利権のために政治を動かし、庶民の暮らしが貧困にあえいでいても自分のことしか考えていない議員には、むしろ「綺麗ごとの発言」なんかさせるべきではないのだ。

「大企業のためなら、国民生活を破壊します」 「アメリカの言いなりになりたいから、国民の税金はアメリカのために使います」 「将来の日本より、自分の保身が大事です」 「閣僚になれるなら政党も変わるし公約も撤回します」 ……… そんな「本音」をなぜ政治家や閣僚は発言しないのか? 本音をちゃんと言ってくれれば、誰もあんたたちには投票しないのに。

中山氏が日教組をつぶしたいのは「本音」だろう。閣僚ポストよりもその主張を重視したことは素晴らしい。彼の思いのなかには、「この発言で、日教組が悪いと思う国民が増えることを願う」意図もあるだろうから、この「素晴らしい」は額面どおりに受け取ってほしくないが、少なくとも、彼は、自分に投票するかどうかの選択時の「自分の本音」の一部を国民に明らかにしたのだ。

夢物語ではあるが、候補者が「本音」しか言わない選挙というものを一度でいいから見てみたいと思いませんか? 今の大部分の議員たちは、自分が思ってもいない「国民のため」という言葉なんか、ただの一度も使わないはずである。 

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2008年9月 1日 (月曜日)

福田首相の辞任

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僕がブログを書き始めたのは、プロバイダはこの「ココログ」ではないが、昨年の9月12日である。そして忘れもしない記念すべき(?)第1回目の記事は「突然の安倍総理辞任」というタイトルだった。それから1年にもならない本日、今度は「福田首相の辞任」という記事を書くこととなった。

今回も安倍総理ほどではないにしろ「突然」という感はぬぐえない。そして「投げ出す」「放り出す」という無責任感もぬぐえない。ただ、安倍総理の記事も短かったが、この記事もそんなに長々と書く気はない。「辞任よりも衆議院を解散して国民の信を問うべきだ」という野党の意見をはじめ、だいたい似たような批判記事がこれから数日のあいだに嫌というほどマスコミから流されるだろうから。

僕は自民党支持者ではない。民主党の支持者でもない。考えに最も近いのは、日本共産党、社会民主党の二つである。民主党を「反自民」と思っている人もいるかもしれないが、例えば「国民新党」「新党日本」、最近のゴタゴタの「改革クラブ」等と同様に「あちらで公認されなかったからこちらの政党から選挙に出る」「今、党を脱退して新党を作れば国会のキャスティングボードを握れる」なんていう歴史を繰り返してきた者の集まりが、自民党の政治を根本から変える政党だとは思っていない。民主党の小沢代表が福田総理との「大連立」を受けようとしたことでもそれは明らかである。だから、民主党が政権をとっても日本の政治が変わるとは思っていないのに、まして自民党の総裁が変わり総理についても、何も変わることはない。テレビ番組の一部が変更され、総裁選の「ドラマ」がテレビで見ることができるだけだ。今、NHK大河ドラマの「篤姫」さえちゃんと放送してくれれば、それもどうだって良い。しいて言えば、社民党の福島党首が内閣の顔ぶれが変わるたびに「この内閣は○○内閣といえる」という発言ばかりするが、言っていることは合っているが、あまりにワン・パターンなので、誰か党員が「たまには変わったことを言ってください」とアドバイスすることを祈るだけである。

      

       

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2008年6月11日 (水曜日)

東京・秋葉原の無差別殺傷事件での加藤容疑者の両親の謝罪について

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東京・秋葉原で起きた「無差別殺傷事件」で、加藤容疑者のご両親が、取材陣の要請に応じて(「NEWS ZERO」)、青森市内の自宅前で、「息子が重大な事件を起こし、亡くなられた方、怪我をされた方、本当に大変申し訳ありません」と述べ、深く頭を下げたというニュースが、本日、夜、流れた。

     

今から書くことは、亡くなった方々の遺族や、怪我をされた方のご家族の神経を逆撫でするかもしれない。そればかりではなく、多くの国民に叱られるかもしれない。しかし、僕が今まで多くの事件で思ってきたことを今回も感じたので、書かせていただく。

それは、「なぜ、マスコミは、容疑者の両親に取材を申し込むのか?」ということだ。 今回の加藤容疑者の両親に対する取材陣の言葉遣いは、「丁寧」だったと言って良いだろう。しかし、それは、両親が取材に応じたことが大きい。過去、僕はテレビで、多くのこういう画面上で、「馬鹿やろう!」「テメエの息子が人を殺したんだぞ!その態度は何だ!」「いつまでも黙ってて、被害者の遺族に、それで済むと思うのか!」と罵声を浴びせるマスコミの姿を見てきている。会見に応じた場合でもだ。まして、玄関を固く閉ざして取材を拒否すれば、ボルテージは何倍にも跳ね上がる。執拗にインターホンを押し、スピーカーにマイクを近づけて声を拾おうとする。まるで、自分たちが「正義の代表」であり、相手は「罵倒されて当然の者」であるかのように。

日本では昔からそうだ。「親の顔が見たい」という言葉は、誰でも一度は口にしたことがあるだろう。子供の責任は両親の責任。それは「教育」という点では100%の否定は難しい。だけど、だからといって、容疑者や犯人の両親に取材することによって、マスコミは彼らに何を言わせたいのか。今回の短いテレビの映像でも、「この事件を防ぐことは出来なかったんでしょうか?」という質問がされた。「両親としての社会的責任、遺族に対する責任をどう思うか?」という質問もされた。そして多くのフラッシュがたかれていた。これらのビデオや写真を残すことが、マスコミの「知る権利」なのか。「自分たちは国民の代弁者として、取材している」つもりなのか。

加藤容疑者(まだ、「犯人」とは呼べないのだろう)は「鬼畜」だ。彼についてどう報道し、どう責めようが、それは彼に原因がある。彼に取材するなら、どんな言葉を使っても僕は一向に気にしない。だけど、彼の両親は別個の人格を持っている。極端な話だが、父親が「俺には関係ねえ」と思ったとしても、その言葉や人格は非難されるべきだが、それは「両親として」ではない。「人間として」だ。

僕は、犯人(容疑者)の両親の自宅に押しかけ、取材を強硬に(今回についてはわからないが)申し込み、応じなければ怒声・罵声を浴びせ、テレビで「こんなひどい態度です」と宣伝するマスコミは、昔も、今も、そして未来においても、絶対に好きにはなれない。

    

    

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2008年6月 6日 (金曜日)

公務員の給与・待遇について

     
僕のブログのある記事に、友人よりコメントが寄せられた。それで、そのことについて少しだけ書いていきたい。なお、「記事にコメントがついた」といっても、記事の内容とは無関係なので、その記事はどうでもいい。
     
まず、友人のコメントは以下のとおり。
     
大阪の公務員の給与をカットする話題があって、橋下のばかやろう、って僕達は言っているんだけど、ネット上では、いわゆるネトウヨの連中が、「公務員攻撃」のお先棒をかついで、「民間はもっと苦しい」「いやなら公務員やめろ」「公務員に責任があるから責任取れ」「橋下ガンバレ」みたいなブログが横行している。めっちゃ腹が立つ。君は、今失業中だが、やはり「公務員はがまんしろ」的な発想かな? 僕が大阪に就職したとき、石川の教員とはけっこう差があって、大都市の分だけ物価も違うからそうなのかな、と思っていたが、今や、全国最低の公務員賃金に転落しようとしている。僕自身、そんなに生活が苦しいとも豊かだとも思ったことはないが、少しずつベアであがってきた賃金を訳の分からない輩に攻撃されるのは、やりきれない思いがある。低位平準ではなく、「公務員並の給与」にみんながあがっていくのが理想なのだが。(昔は「民間並の賃金を保証せよ」と僕らはいっていたものだが)
     
彼は、大阪で地方公務員をやっている。だから、今、ニュースで話題の橋下知事の「財政再建案」の矢面に立たされている人間の一人だ。
     
ちなみに、この「財政再建案」について、マスコミの記事を引用させてもらうと、以下のようなものがある。下の例は「asahi.com」の6月5日の記事だ。文章中の一部を青い文字にしたのは僕で、友人のコメントに特に関係する部分だ。
     
橋下知事、人件費など665億円削減 財政再建案を発表

2008年06月05日19時27分

大阪府の橋下徹知事は5日、1100億円の財政再建案を発表した。今年度予算で事業費と人件費計665億円の歳出削減に踏み切り、財源不足の185億円は府債発行で補う計画だ。府議会各会派は歳出削減の圧縮を求めており、予算案を審議する7月臨時議会に向け、内容の修正を求めていく構えだ。

9年連続の赤字決算という全国最悪レベルの財政構造からの脱却をめざす橋下知事は、今年度の財源不足額1080億円を補う収支改善目標を1100億円に設定。一般施策経費と建設事業で320億円、人件費で345億円の計665億円を削減。府有施設の売却などで435億円の歳入を確保するとした。

一般施策の削減では、主に他府県と比べた助成水準の高さや市町村や民間との適切な役割分担の観点から事業を精査。私学助成に切り込んだほか、建設事業も原則2割削減の目標を打ち出した。職員の人件費は基本給を3年間カットし、削減幅は知事30%、管理職16~12%、非管理職10~4%としている。都道府県で初めて退職手当も部長級以下で5%削る。基本給は都道府県で最下位になる見込みだ。

大幅な歳出削減にもかかわらず185億円の財源不足が生じるため、退職手当債185億円も発行する。ただ、景気減速のあおりで今年度の法人2税は見込みより300億円以上下回る可能性があり、今後も厳しい財政運営を迫られるのは必至だ。
    
さて、次に、「僕」という人間はどういう人間かということを少し明らかにする必要がある。僕はいくつか仕事を変わり、現在は膝の病気もあって、友人のコメントにもあるように「失業中」なのだが、職歴で最も長いのは「労働組合の専従書記」というものだ。この仕事を選んだことからもわかるように、「労働者の権利」というものについて、普通の人よりも敏感であることは事実だ。
     
僕は、このブログで、1月17日に「5000万署名」という記事を書いている。かなり長文なので、不本意だが全文掲載はあきらめ、、その一部を抜粋し、以下に再掲する。青い文字や赤い文字は、上の記事と同様に、彼のコメントに関係が深い部分だ。
     
…… 国鉄労組の「5000万署名」の記憶である。「5000万署名」というのは、今のJRが国鉄だった頃、「国鉄の分割・民営化」反対のため、国鉄労働組合が中心となり、総評の支援も受けて全国的に取り組まれた署名活動で、目標とした5000万人には届かなかったが、3600万人という署名運動史上最高の署名数を獲得した。それでも、その民意は反映されなかった。
    
…… 数年前、小泉内閣での「郵政民営化」法案のためだけの総選挙において、小池百合子等の「刺客」を使った小泉自民党が圧勝した。僕は自民党の「郵政族議員」に肩入れする気はもうとう無いが、あのときの投票した国民の心理として、詳しい内容を知ろうともせず、「民営化」イコール「良い事」という意識があることを、残念に思う。「公務員」という言葉から来るイメージとして、「お役所仕事」「身分と収入の安定」等があるだろうが、「働かないで権利ばかり主張する」という攻撃は、マスコミ等も、ごく一部の事例を全てのことであるかのように「これが真実だ」と報道し、「みなさん、公務員って、遊んでいて高い給料を貰っているんですよ」と国民の意識に植えつける。今の「年金問題」でも、自民党が作業の進まない理由に「労働組合が権利を主張ばかりして、仕事をしない協定ばかり締結しているからだ」と、社会保険庁の職員個人やその職員の作る労働組合を非難する。
     
…… そして、国鉄とJRは別会社とし、JRに国鉄職員の採用義務はないものとして、国労組合員をJRから意図的に排除した。
   
……また、国労組合員だけを「余剰人員」であるとして「人材活用センター」に隔離した。そのセンターは「人材活用」とは名ばかりで、草むしりなどの業務につかせていじめ抜くのが目的なのだが、当時の「国鉄の膨大な債務は職員が多すぎるから」という宣伝が効を奏していたため、国民の中には、「余剰人員がJRに採用されないのは当然」という意識が浸透してしまっていた ……。

……「民営化」イコール「良い事」の意識を持っている人は多いだろう。「官公庁」という単語だけで人は良くないイメージを持ってしまう。ちょうど、僕のようなスケベなおじさんが「女子大生」という単語を聞くだけで、良からぬことを考えてしまうのと同じだ。しかし、僕たちは、「官公庁」「公務員」の仕事の中身ややり方をどれだけ知っているだろう。それが民営化されるとどういうメリットが生まれるのだろう。「合理化」?言うのは簡単だが、どこの部署のどういう部分をどう合理化すべきかきちんとした知識を持ち、考えて言っていますか?「民間なら首切りや失業があるのに、公務員は雇用が保証されている」からというのでは「合理化」の理由にはならない。それは単なる「やっかみ」だ。そこで働く者の意識として、職務怠慢の原因となる「可能性」は否定しないが、雇用が保証されていることと職務怠慢とは別の次元の話だ。「可能性」と「現実」を全て同じに論じることはできない。極論が過ぎるかもしれないが、そんなことを言っていたら、「可能性」だけなら、全ての人には「殺人者」になる可能性がある。そう言われて、何もしていないのに逮捕されたり投獄されたりしても良いと考えていますか?

…… 僕は、別に公務員を擁護するつもりは無い。また、僕自身、働いていた会社がつぶれたり、「要らない」といわれてリストラされた経験を持っているから、雇用の安定は本当にうらやましいと思う。
だけど、「うらやましい」という感情だけで、公務員を否定したいとは思わない。

…… 「国鉄の分割・民営化」が進められようとした時期、国鉄労組に加盟する職員は遊んでばかりいると本当に思っていた人たちに聞きたい。あなたは国鉄の職場の何を知っていたのかと。
   
     
さて、「引用」ばかりが続いたが、これからが、やっと、この記事の本題。
     
友人の「やはり「公務員はがまんしろ」的な発想かな?」という質問に対する回答だが、僕の「5000万署名」の記事中にある「「合理化」?言うのは簡単だが、どこの部署のどういう部分をどう合理化すべきかきちんとした知識を持ち、考えて言っていますか?」というのが、僕の考えに一番近い。
   
僕は大阪の財政事情を知らないのだ。
     
だから、大阪府の財政が破綻した原因も、実情も、何もわからない。マスコミの報道で「●●円の借金」といわれても、それをどう解決すべきかなんてことがわかるわけが無い。「支出を減らさなければならない」ことは、君も否定しないだろう。赤字財政の原因が、大阪固有のものか、国政レベルの問題も絡むのか、それすらも知らない僕だが、「今までどおりのお金の遣い方をしていれば自然に借金が減る」なんてことは、小学生でも考えないだろう。問題は、どこを削減するかなのだが、僕は「どこの部署のどういう部分をどう合理化すべきかきちんとした知識を持」っていないから、それはわからない。国政レベルで言わせてもらえば、僕は日本の「軍事費」、日米安保条約にもとづく「思いやり予算」、近いところではイラクでの給油活動等に関し、「何で税金をそんなことに」という考え方に立っている。だから、それらを削って地方財政にまわすという考え方もあるが、とりあえず今の「話題」には問題が大きすぎる。
    
君のコメント「民間はもっと苦しい」「いやなら公務員やめろ」「公務員に責任があるから責任取れ」「橋下ガンバレ」みたいなブログが横行している。… に関しては、「5000万署名」の記事にも書いてあるとおりだ。公務員の「身分の安定」は事実だ。事実だが、それが悪いこととは思わない。「うらやましい」が、うらやましいからといって既存の権利を低下させたいとは思わない。そしてもっと言えば、公務員の職場の実体なんて知らない。自分がその場にいないのだから、「おいしいこと」も「つらいこと」も知らない。知らないことについて、悪意に満ちた推測をしようとは思わない。ただ、君ももちろん自覚しているだろうが、給与が税金から賄われていることも事実だ。僕が「アメリカに加担する軍事費に税金を使うな」と主張できるように、「税金の使い道」として、民間企業よりも注目されることも当然のことだ。大阪府民が大阪の地方公務員の給与に口出しすることは「権利」なのだ。その言い分が正しいかどうか、その言い分の根拠は何か、そういうことへの精査は必要であり、何もわからないに、ただ「悪いのは公務員だ」「公務員の給与は高すぎる」という人たちに怒りを覚えるのはもっともだとは思うが、「民間はもっと苦しい」という言葉もまた、多くの人には「事実」なのだ。一部の大企業を除き、民間で働く多くの人の給与や賞与は減少している。「だから、公務員の給与を下げろ」とは、僕は考えていないし、言わない。ただ、君も「民間はもっと苦しい」という言葉だけで腹を立ててはいけないと思う。僕は君という人間を昔から知っているから、「苦しい民間の実態なんて僕には関係無い」とは思っていないことはわかるが、労働者がお互いにばらばらでは、最終的に得をするのは、権力者であり、財界だ。
   
     
そろそろ、結論を書く。申し訳ないが、「わからない」というのが本音だ。
   
ガソリンの暫定税率の問題で、政府がさかんに「地方が困る」と言っていた。それを鵜呑みにはしていないが、公共工事がストップして、大手ゼネコンが利益を減らすことにはなんとも思わないが、結局、大手は自分たちの利益を守るために、下請けにそのしわ寄せを押し付け、最終的には現場で働く弱い労働者の生活に影響すると思うから、あの問題では僕の考え方は決まらなかった。それと同様に、「公務員の給与を減らすべきだ」とは考えないが、「このままほうっておく」とも考えないし、「では、具体的にどうする」という知識も考えも無い。あったら、橋下と選挙で戦っている。何を削り、何を縮小し、何を守るのか。全体がわからないで軽々には言えない。
    
    

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2008年5月23日 (金曜日)

映像を残そうとする人

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中国の四川省での地震の被害はひどい。建物の構造とか詳しいことはわからないが、ここまで大きな被害となった原因は、やはり地震のエネルギーの大きさだろう。連日のニュースの報道は、見ていてつらい。

さて、先日のテレビで、地震直後の建物内部の映像が公開された。多くの人々が逃げ惑い、血を流し、悲鳴を上げ、「助けて!」「助けなければ!」 の怒号が飛び交っている。かなりの人数だ。一刻も早い避難と救助が求められている。悲惨な映像だ。…… と、言いたいが、このビデオを撮った人に聞きたいことがひとつある。多くの人が助けを求めているのに、あなたはビデオを回している。当然ながら、他の人を助ける行動はしていない。逃げようとしている人がカメラにぶつかっている。あなたは、「逃げ道」で、その避難の邪魔になっている。そして、この映像が報道機関に渡ったということはどういうことなのか。いくらで売りつけることに成功したんですか?

「報道」は必要だろう。今後の教訓にもなる。しかし、報道関係の仕事に就いているかどうかに関係なく、「事件の現場」をビデオやカメラに撮ろうとする人は多いが、目の前の助けを求めている人に手を差し伸べずにただ映像を撮ろうとする意図は何なのか?

状況によっては、「何もできない」だろう。20階建ての火災の起こっている高層ビルに取り残された人に、あなたたちができることは何もない。しかし、「野次馬」も含め、現場はごった返している。救助活動にはけして良いことではない。救急車に怪我人が運ばれるシーンで、消防隊員が「邪魔だからどいてください!」と叫ぶ映像は何度も見ているが、そこで邪魔になっている人はほとんどがカメラや機材を持った報道関係者だ。あなたがたは、「救助しやすい環境を作る」ことよりも、「他局に負けない衝撃映像」が大事なのか?

繰り返すが、「報道」は必要だろう。今後の教訓にもなる。しかし、救助を求める人にとって、100kmも離れた家族や友人より、今、そこにいるあなたの行動が生死の鍵を握っているのだ。「こんな悲惨なことは二度と繰り返さないように」とアナウンサーが沈痛な顔でしゃべりながら、「当局だけのスクープ映像です」とも言う頭の構造がわからない。

中国の地震直後の映像を撮った人にもう一度聞く。その映像を撮らずに、瓦礫のひとつも取り除こうとは思わなかったのか?

     

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2008年5月 7日 (水曜日)

パンダを日本へ?

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石原慎太郎東京都知事が、上野動物園で死んだ「リンリン」について、「別にみんなで大泣きして悲しむほどでもないじゃない」「パンダなんていてもいなくてもいいじゃない。そんなもんは、どうでも」と発言したそうだ。

彼は知ってのとおり「タカ派」の代表格である。中国との関係についても彼なりの思想があり、そのことがこの発言にも反映されていると思う。だから、彼に賛成するつもりはもうとう無いが、実は僕も「なぜパンダを日本に連れてきたいのかがわからない」という人間である。

そもそも、「動物園」や「水族館」とは何なのか?

僕も今まで、何度か動物園に行ったことがある。上野動物園にも行った。石川県にも「いしかわ動物園」がある。「能登島水族館」もある。そこで動物に会えるのは楽しい。デートにも良いし、家族連れの行楽にも良いし、子供の情操教育にも一役買っているだろう。そういう良い面は否定しないが、時々思うのは、「こんな狭いところに押し込められて、動物は楽しいのだろうか」ということだ。狭いだけならまだしも、本来はもっと寒い地域や暑い地域に生息しているはずの動物を、日本の気候の下で飼育するのはどうなのか。水族館なら水温の調整があるが、動物園では「気を使っている」ことはあっても、完全な生育環境が再現できるわけが無い。

動物は自然界で生きるとき、過酷な生存競争の中にいる。だからその個体が「生きるか死ぬか」という点では、動物園で暮らすほうが、はるかに天寿を全うする可能性が高い。ただ、それは動物にとって幸せなことなのか。人間たちは環境破壊で多くの動物たちを絶滅の危機に追い込みながら、そんな動物たちのごく一部を檻の中に閉じ込め、「かわいい」と言いながら見世物にする。日本の「朱鷺」のように、絶滅の危機に瀕している特定の動物に関する「保護」にはたしかに積極的だが、逆に言えば、「絶滅寸前」になるまでは、平気で環境を破壊し続ける。動物園は、動物を可愛がり、大切にするという気持ちを育てるのにも一役かってはいるだろうが、檻の中に閉じ込めた動物を見なければ、そんな気持ちは育たないのだろうか。

パンダは本来、中国の四川省近辺に生息しているという。野生のパンダは2000頭もいないはずだが、なぜそんな貴重な動物を日本に連れてきたいのか? 中国政府が「重要な外交手段」と位置づけているのは間違いないが、そう位置づける背景には、日本のように「そんな貴重な動物をぜひわが国の動物園へ」という国がたくさんあることがある。そして、そんな動物園には1頭か2頭しか贈られない。もともと群れや家族というものは作らないらしいが、それでもパンダは寂しくないだろうか。日本政府も中国政府も「友好の証」としてもらったりレンタルしたりする前に、今でも進むパンダの住める地域の減少に歯止めをかけ、野生のパンダが野生のままに増えていく環境を作る努力をすべきではないのか? 数が減って、繁殖期にも交尾する相手が見つからずに死んでいくという事態があるというのに、なぜそんな貴重な「相手」を他国の動物園で飼育する必要があるのか?人の手を借りなければ繁殖がままならない事態を作り出したのはそもそも誰なのか?

福田総理と胡錦濤国家主席との会談を伝えるニュースを見ていると、新しいパンダはおそらくやってくるのだろう。総理がその見返りに何を約束するのかは知らないが、そのパンダがやってきたとき、おそらく、テレビはいっせいに、小さなお子さんの喜ぶ笑顔を映しながら「良いニュース」として取り上げるんだろうなと思うと、複雑な気持ちになる。子供の無邪気な笑顔を否定する気は無いが ……。

     

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2008年4月22日 (火曜日)

「光市母子殺害事件」死刑判決について

「光市母子殺害事件」の本日の死刑判決については、多くのマスコミで触れられることだろう。それぞれの言い分については、嫌というほどこれまでにも取り上げられてきたから、いまさら書いてもしょうが無い。

僕は「死刑でも足りない」と思っている。

理由は、「亡くなった弥生さんに乱暴したのは、生き返ってほしいという思いからだった」「夕夏ちゃんの遺体を押し入れの天袋に入れたのは、ドラえもんの存在を信じていたから。押し入れに入れれば、ドラえもんが何とかしてくれると思った」という昨年の被告の供述にある。そして、「無期はほぼキマリでして、7年をそこそこに地上にひょこり芽を出す」「犬がある日かわいい犬と出合った……そのまま『やっちゃった』…… これは罪でしょうか」等々の被告が友人に出した手紙にもある。自分が18歳を30日しか過ぎていないことで死刑にはならないという思いと、「幼児性」を見せることで精神的未熟から罪を軽くしようとするたくらみ。そして何よりも重要なのは、殺したことへの反省がみじんも無いことだ。「…そのまま『やっちゃった』…… これは罪でしょうか」? こんな手紙を書く人間が、ただの絞首刑で終わってよいのか? 絞首刑は「楽な死に方」なのだ。

過激な発言、記述が、逆に被告への同情に向いても困るが、はっきり言う。彼には1ヶ月、あるいは1年がかりででもいいから、「長期間にわたる苦痛の果ての死」を与えるべきだ。歴史上にはさまざまな拷問があったという。そんな手法も取り入れるべきだ。死刑を回避するため、最近になって心にも無い手紙を遺族に送っているそうだが、「苦しみから開放される死」を望むまでにすべきだ。「早く殺してくれ」と泣き叫んでもすぐには殺さず、じわじわと痛めつけるべきだ。自分のやったことがどう自分に跳ね返ってくるかを骨の髄まで知らせてやるべきだ。

心配しなくて良い。彼は人間なんかじゃない。



ちなみに、話は横道にそれるが、被告には21人もの「大弁護団」がついているという。その弁護士費用はどこから出るのか? 被告の両親、親族は裕福なのか? 息子を想う両親の気持ちに異議を挟むつもりは、もうとう無いから、それならそれで良い。しかし、まさかとは思うが、そこに税金は使われていませんよね?
   

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