2008年7月16日 (水曜日)

Kiss未満の親友⑦

Rrreeeji664545

「親友」という言葉から、皆さんは連絡を取り合う頻度というものをどのくらいだと連想するだろうか? たとえば僕の場合、「親友」という言葉で思い浮かぶのは、とりあえず3人。もちろん、「友人」ということなら、ずっと多くなる。まあ、「親友」と「友人」の間に特に境界線は無いけれど。さて、親友の3人は、全員金沢には住んでいないから、ある程度の用事がなければ、お互いに1ヶ月以上連絡を取らないことなんてザラにある。独身仲間ならいざ知らず、家庭を持っている者に「暇だから電話した」なんてことは、この歳ではまずやらない。「メル友」でもない。テレビドラマのように毎日毎日つるむことなんて実際にはありえない。

さて、彼女とは、男と女だから、いくらお互いになんでもないといっても、同性を誘うように気軽に誘えないこともある。たとえば僕は以前はよく温泉に行ったものだが、さすがに彼女は誘えない。まして、彼女が結婚してからは、僕のほうから電話をすることはほとんどなかった。たぶん2回ぐらいだったと思う。ご主人も知り合いならそうでもないだろうが、彼女は僕とは面識のない人と結婚した。どちらかが結婚すれば自然と疎遠になっていくものだ。

しかし、「風の便り」という言葉があるように、相手の近況がまわりまわって伝わるということはある。僕の今までの人生において、最も精神的に参っていた時期は2回ある。今の「膝の故障と失業」というのは3回目と言って良いだろうが、過去2回の時期、彼女はさも何気ないような顔をしながら会いに来てくれた。1回目は仕事上「来ても不思議ではない」職場だった。2回目は僕が接客するところにいたから、お客の顔で来ることができる。さすがに、結婚している以上、僕のアパートに来るということは無い。そして、僕の「苦悩する問題」にほんの少しだけ触れながらも、明るく笑い飛ばしてくれた。「おまえも、相変わらず、つまらんことで悩んでいるんやなぁ」という感じで。

まあ、変に同情の言葉をかけられるより、笑顔で「アホやなぁ」と言われるほうが楽だ。「おまえのことを多少は気にかけている人間がここにもいるよ」と顔を見せに来てくれることが、何より嬉しいものだ。

       

      

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年7月15日 (火曜日)

Kiss未満の親友⑥

Rrreeeji4545

僕と彼女との間で「男と女の会話」というような会話はほとんどなかった。この点は「冗談でお互いを婚約者と言い合っていた」という女性との関係と大きく異なる。だから雨の日に1本の傘に入る場合でも、「冗談婚約者」のほうは、傘が2本あっても、さも恋人同士のようにわざわざ1本の傘だけで腕を組んでくるが、この彼女の場合には「何で、お前と相合傘に入らなくちゃならないんだ」という彼女に、「俺だって嫌だけど、、濡れるよりはましだろう」と返すことになる。今から考えると、冗談でも悪かったと思うが、僕は彼女に平気で「ブス!」「デブ!」と言っていたし、向こうも、「短足!」「ブ男!」と言っていた。

そんな彼女が結婚することになった。僕らの若い頃、仲間の間では「実行委員会形式」の結婚式や披露宴がよく行われた。僕は10組以上の実行委員になり、仲間内では「その道のプロ」のような感じだったが、彼女の結婚式には単なる出席者にとどまった。この頃には、彼女の行動範囲が金沢を離れていたから、金沢から一人参加するのもおかしい。

結婚式の何日前だったろうか。夜に彼女から僕のアパートに電話がかかってきた。結婚が決まってからはお互いに連絡は取り合っていなかったので、それは久々の電話での会話だった。ちなみに、彼女の「声」は、顔に似合わず(失礼!)、本当にかわいい声だ。 いつものような雑談を少しした後、やや、改まった声で「ちょっと、まじめな話なんだけど」彼女が言った。

「わたし、●●日に結婚するんだけど ……」

「うん、わかっているよ。出席もするし」

「いいの?」

「は?」

「本当に、いいの?」

「……」

冗談っぽい会話は別として、たぶん、僕ら二人の間がもっとも「男と女」だったのはこの夜だろう。その後の短いやり取りは、あまりにプライベートな内容なので省略するが、数ヶ月前に彼女の結婚が決まったときに、僕は親友として心の底から喜んでいた。恋人としての意識はなかったから「誰かにとられた」という感じもなかった。だけど、結婚式数日前にこう言われ、自分でもびっくりするほど激しく動揺した。考えれば「きっかけ」はそれまでにやまほどあった。それを「きっかけ」と考えたこともあったが、僕はなぜか意図的にそのきっかけをつかもうとはしなかった。なかなかいない「何もしないが親しい異性」を失うことが恐かったのかもしれない。

披露宴には、予定通り出席した。彼女の結婚相手には初めて会った。まあまあの男前。性格の良さそうな感じだ。途中、銚子を持って、酒を注ぎに二人の前に行く。彼女のウエディングドレスはやや胸の開いたもので、ちょっとびっくりするぐらいだ。「おぉ、相変わらず、でかいオッパイやなぁ、みんなに見せたいんか?」と言うと、「うるさい、スケベ!」といつものように返ってくる。新郎はニッコリしながらも僕の言葉に少しびっくりしたようだった。ゴメンナサイ。

     

      

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年6月20日 (金曜日)

Kiss未満の親友⑤

741396325644464

僕たちは、お互いをニックネームor「おまえ」で呼び合っていた。彼女は僕を「チャーリー」と呼ぶ。「チャーリー」という単語に良いイメージを持っている人には、僕の「顔」は申し訳ないのだが、中学校のころからのニックネームだからしょうがない。ちなみに彼女のニックネームは僕がつけ、それが彼女の友人にも広く定着したが、正直言って女性につけるニックネームではなかった。そして、呼び方ばかりではなくしゃべりかたも互いにすぐ「お前」と言い合うので、その様子を知らない人が見れば「恋人同士」と思えたかもしれない。

彼女と僕は互いに相手を「親友」と認めていたが恋の対象ではなかった。今の若い人たちはどうか知らないが、僕らが若いころ、特に高校生~大学生頃の時期には、「男女間に友情はありえるか」というテーマで議論(雑談)がよく行われたものだが、「ありえない」という意見が多かった。「友人と思っていても実はそれも恋なんだ」と訳のわからんことを言う奴もいた。だから、僕たちを知る「やや親しい先輩(親友とは言えない)」が、「なんとかしてやろう」と要らぬおせっかいをしたことがあった。なんと彼女に「charryは君のことが好きなのにうまく言えなくて悩んでいる」と言ったのだ。そう聞けば彼女はすぐに「進展」の行動をとると思ったらしい。

ところが、彼女はその当時僕が誰に恋をしているかを知っていた。そして僕に「お前、△△さんのことが好きなんだろう? うまくいかないからって、私と何とかなりたいわけ?」と尋ねてきた。びっくりして何でそんな話になるんだと問いただして「先輩」の行動を知った。その先輩に彼女を好きだと言ったことは一度も無い。余計なお世話とはこういうことを言う。「そんなこと言ってないぞ」と言うと、「だよね。私もおかしいとは思ったんだ」でこの件はそれで終わった。もちろん先輩に悪気は無かっただろうが、僕らは互いに「二人だけで一緒に泊っても何もしようと思わない」という貴重な異性だったのだ。そこで変に「相手は自分を好きだ」と意識してしまったら、「友人」の継続は厳しい。周りがあれこれしなくても、「進展」するカップルは進展するものだ。僕たちが進展しなかったのは、互いに「その気」が無かったからだ。

     

     

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年6月14日 (土曜日)

Kiss未満の親友④

Kkkkkk69jjj

彼女とは「友人」だったが、「恋人」ではなかった。だから、二人だけでどこかへ出かけたということは、おそらく20回未満だっただろう。その原因のひとつとして、僕が車の免許を取ったのが同年代の者より遅かったこともあるかもしれない。車のドライブというものは「友人」でも誘いやすいが、徒歩の行動は、「一緒にいるだけで幸せ」というレベルの仲でないと、意外とやろうとは思わないものだ。

二人で海に出かけたのは、たぶん4回だったと思う。夏の海が2回、夜の海が2回。夜は冬が1回で、もう1回は季節が思い出せない。彼女は、今で言うところの「巨乳」だったが、同時に「巨胴」でもあり「巨腕」でも「居太股」でもあった。早い話が、やや太目の体型だった。「細い女性」が好きだった僕は、何かの拍子にお互い水着姿で身体が密着することがあっても、特に何も感じないから、「君と僕がこうなったのは、あの夏のせいさ」なんていうことは起こらない。まあ、体型について書くと「お前はどうなんだ?」と言われるだろう。

さて、冬の海を見に行った。場所はどこだっただろうか。ドライブしている途中だ。暖冬続きの今と違い、その頃は冬にはしっかり雪が降ったので、雪が少ないはずの海岸にも積もっていた。寒い中で雑談をしていたが、安っぽい青春映画の真似事でもやってみるかと、海に向かって「バカヤロー!」とか叫んでいたら、彼女が雪合戦のような感じで雪の玉をぶつけてきた。これもテレビなんかでよくある男女が「じゃれあう」場面の真似事だろう。それに乗っかって僕も走り回って応戦していたが、運動不足ですぐに息が荒くなり、そのうちプロレスに近くなった。組んだり離れたりしていたが、雪が積もっているから大丈夫だろうと、足払いで彼女を倒し、フォールの体勢に入った。仰向けになった彼女の両腕を僕の両腕で抑えて、お互いの動きが止まる。そして黙ったまま見詰め合ってしまった。

彼女とのいろいろな場面で、「友人から恋人へ変わる」という機会があったとしたら、このときも、そのうちのひとつだっただろう。彼女に覆いかぶさって見詰め合ったら、言葉が出てこない。僕も彼女も顔つきが真剣になってきて、「テレビドラマ」をこのまま続けるか激しく迷っているのをお互いに感じていた。時間はどのくらいだったか。そして、ここまでの記憶ははっきりしているのだが、どうやってKissもせずに身体を離したかが思い出せない。帰りの車の中は、そんな場面が無かったかのように、お互い、「いつもどおり」だった。

     

     

   

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年6月 6日 (金曜日)

Kiss未満の親友③

445hhhbbf

27歳頃のこと。

ある女性に「想い」を打ち明け、予想通りあっさりと断られ、「やけ酒」で、片町で一人酒を飲んで酔っ払った日のこと。店を出たのは22時くらいだったろうか。アパートに帰る気が起きず、ぶらぶらと街中を歩いていて、ふと彼女のアパートへ行ってみようかと思った。なんにもならないことはわかっていても、誰かの「慰めの言葉」が欲しかったのだ。

そのアパートに彼女が引っ越したのは1ヶ月くらい前だったはずだ。電話で住所は聞いていたが、行くのは初めてだった。タクシーを降り、部屋を探し当てたが、玄関ブザーは無い。夜、女性の住むアパートに男の大きな声はまずいだろうと、何回かノックしたら、意外と近くで「誰?」と言う警戒気味の声が聞こえた。ドアの隣に風呂の小窓があり、明かりがついていることに気づかなかった。「●●や」と答えると「今、風呂に入っている。鍵を開けるから30秒後に入って、奥の部屋には入らないで、入った最初の部屋で待ってて」と言う。30秒というのは、いきなりだと姿を見られるからだろう。言われた通りおとなしく入り、彼女が風呂から出るときは「見たら本当に殺す」そうなので、これもおとなしく目をつぶっていた。

さて、「何や、こんな時間に」と言う彼女に、「女にふられた」と言うと「またか」と笑いながらも、一応こちらの「なきごと」につきあってくれた。ビールとスナック菓子も出してくれ、こちらがしゃべりたいだけしゃべらせてくれる。へんな「なぐさめ」よりも、ただ聞いていてくれるのが良い。深夜の1時も回った頃、帰るのもめんどくさくなった僕は、「今晩、ここに泊めてくれ」と頼んだ。今の若者は絶対に信じないだろうが、僕らは、過去、学生時代から、僕の部屋でかなりの回数、何にもしないで一緒に寝るということをやっている。本当に「帰るのが面倒」だから泊まるのだ。しかし、彼女はその日は「駄目や」と答えた。これは予想に反した。20歳も後半に入り、「常識」や「世間の目」を考えるようになったかと思ったら、なんと、「隣の部屋に別の女性が住んでいるから、困る」という言葉が返ってきた。

さすがに「えーっ!」と驚いた。入って2時間、ふすまの向こうからは物音ひとつしなかったし、彼女も何も言わなかった。「引越し」を聞いたときも同居人のことは聞いていなかった。だけど、僕が部屋に入った時点で、普通は言うだろう。こちらは「見ず知らずの人」には聞かれたくない「女性にふられた話」を延々としていたのだ。アパートの隣の部屋ではない。ふすまの向こうの6畳2間のうちの1部屋なのだ。驚きながらも、そして遅まきながらも「今晩わ」と声をかけると「今晩わ」という声が帰ってきた。「一緒に飲みませんか」と言ったが、友人の彼女が、「恥ずかしがり屋だから駄目」だと言う。確かにか細い声だ。そして、さすがに「これは泊まれないな」と納得した。一応、「俺が酔っ払って、そこらへんに倒れこんでもいいんか?」と尋ねてみたが、「そんなもん、自業自得や」という返事しか返ってこなかった。

     

     

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年5月28日 (水曜日)

Kiss未満の親友②

741396325644463

彼女のことについては、時系列に沿って書いていこうかとも思ったが、それも面倒なので、覚えていることを思いついたときに書いていく。

僕は胃潰瘍で2回入院している。今も「ガスター10」が手放せない。胃カメラ検査の苦痛についてはまた別の記事に書くとして、最初の入院は、23歳くらいのことだった。 突然の激しい胃の痛みで受診した病院には空きベッドが無く、系列の病院に入院することになった。場所は寺井町。といってもわからないだろうが、僕の住んでいたところから30kmくらいのところに病院はあった。そして、偶然にも、その病院に彼女は検査技師として働いていた。

これは都合が良かった。入院を両親に知らせなかった僕は、かなり彼女に甘えた。まず、僕の下着類を僕のアパートから持ってくることを頼んだ。彼女は車を持っていなかったので、バスを乗り継ぎ、途中少し歩かなければならない。それでも「何で、彼女でもない私が、お前(彼女は僕をそう呼んだ)の下着に触らなきゃならないんだ」「お前も早く彼女をつくれよな」と言いながらも、取りに行ってくれた。売店では買えない物が欲しいときも、彼女に頼んだ。しかし、医者に禁止された「煙草」を「こっそりと買ってきてくれ」という頼みだけは、頑としてきいてくれなかった。まあ、彼女も検査技師のはしくれだから仕方が無い。

さて、僕の担当となった看護婦は、看護婦なりたての若い子で、芸能界でアイドルにもなれそうな可愛い子だった。たぶん、僕の今までの入院の経験の中で、担当看護婦で最も可愛かったのはこの娘だと思う。検温時やベッドメイク時の短い会話が楽しい。そんな看護婦としゃべっているところに、検査技師の制服を着た彼女が入ってきた。いつものように「お前」「●●(彼女のニックネーム)」と会話すると、当然ながら看護婦はびっくりする。「お知り合いなんですか?」。すると彼女はにっこり笑って答えた。「昔からの腐れ縁でね」。

く、く、腐れ縁?  男女間で「腐れ縁」と言ったら、普通、多少は何か関係があったときに使うだろう。かなりきわどい場面はあったが、きわどいだけで超えてはいない。こっちは、「この可愛い娘とできれば …」と思っているのに、その娘に「私たちは腐れ縁です」とはあんまりだ。以後、その看護婦は僕との会話で、必ずその検査技師のことを話すようになってしまった。

それでも、僕は彼女に、その看護婦に現在恋人はいるのかと尋ねた。すると「いない」と言う。それは確からしい。だけど「お前じゃ無理だよ」とも言う。それは僕も同意見だった。僕の彼女には可愛すぎる。それでも、僕が退院する日、その看護婦は休日だったが、なんと病院から寺井駅まで私服で送ってくれた。後で聞くと、僕の親友の検査技師が何か言ったらしい。何を言ったかは言ってくれなかったが、「何でチャンスを使わないの!」と怒られた。僕は、送ってくれる看護婦と二人で歩いているだけで舞い上がってしまい、当たり障りの無い会話だけで別れてしまった。まあ、それはそれで、たぶん正解だったとは思う。

     

     

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年5月23日 (金曜日)

Kiss未満の親友①

741396325644463

ブログに書くプライベートな記事については、当然ながら、当たり障りの無い内容のものを書く。友人や恋人との関係について、ドロドロとした過去や醜い想い出はもとより、男女関係について、友人・知人・職場の同僚等が読んで相手が特定できそうな場合は、エッチ等の進展具合がわかりそうなことは書こうと思わない。

そんな中、親友の一人でありながら、今までこのブログに書かなかった女性がいる。書かなかった理由は、彼女が亡くなっているためだ。生きていれば「こんなことを書いたよ」とも言えるのだが、残念ながらそれはできない。そのため、彼女のことを面白おかしく記事にするのはためらわれる。しかし、想い出を文章にすることも、そしてそれを不特定多数の人に公開することも、書き手の気持ちがきちんと相手を思い、書いてはいけないことさえ踏まえていれば良いのではないかと思うに至った。

「追悼」なんて大げさなものではないが、懐かしさを込めて、彼女との想い出についてすこし書いていきたい。

前置きが長くなりすぎた。彼女とは大学1年のときに出会った。僕が大学祭の「本部実行委員会」のメンバーとなり、医療技術短期大学の学生だった彼女が「派遣」という名目だったかで、このメンバーに加わったからだが、出会いは特にどうということもない。知り合いになっただけのことだ。

(続く)

     

| | コメント (10) | トラックバック (0)